社労士・兵藤恵昭の独り言

団塊世代の社会保険労務士・兵藤恵昭のブログです。兵藤社会保険労務士事務所・内容は雑多です

生保外交員の経費の給与天引きを違法とした判例。

営業で使用する携帯電話や訪問先に配る品などの費用を給料から天引きするのは違法であるとして、住友生命京都支社の保険外交員の50代の女性が天引き分の支払いを求めていた訴訟で、京都地裁が約35万円の支払いを命じた。

同社では顧客に保険商品を紹介する際に使用するタブレット端末の使用料(月額約3000円)、や業務に使用する携帯電話の使用料、営業で使う書類などの印刷費(月額2000円)、営業先で配布する広報紙や社名入りの飴などの代金を、保険外交員の給与から天引きすることが労使協定で定められていた。

原告側の女性は2018年末に、翌年からこれらの費用の天引きには同意できない旨同社に伝えたが、その後も天引きは続いていた。原告の女性はこのような給与からの天引きは労基法に違反するとして、同社に対し天引きされた約235万円の支払いを求め京都地裁に提訴した。

労働基準法24条1項によると、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」としている。2項では、「賃金は毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない」とする。

これはいわゆる賃金支払5原則で、(1)通貨払いの原則、(2)直接払いの原則、(3)全額払いの原則、(4)毎月1回以上払いの原則、(5)一定期日払いの原則である。このように給与の支払いには厳格な規制がある。

過去の裁判例では下記のような判例がある。即ち、従業員の自由意志の存在が重要である。

会社の従業員が背任行為を行い、会社がその従業員に対して損害賠償債権を有していたという事例で、会社が給与支払い債務と相殺したことについて最高裁労基法の規定により給与からの天引きは認められない(最判昭和36年5月31日)

これに対し、従業員が会社から借金をし、退職する際に会社に残債務は退職金や給与で精算するよう申し出、会社は残債務分を控除して残額を支払ったという事例で最高裁は、労働者が「その自由な意思に基づき」同意していたと認めるに足りる「合理的な理由が客観的に存在するとき」は適法となる(日新製鋼事件、最判平成2年11月26日)

住友生命京都支社では、説明用のタブレット端末や携帯電話の使用料、顧客へ配布する資料や飴などの費用が保険外交員の給与から天引きされる旨の労使協定が締結されていた。京都地裁は同協定が労働者の自由意思に基づいて同意した場合に限り有効とし、原告女性が天引きは認められないと明示的に異議を述べたことから同意したと認められないとしてそれ以降の天引きを違法とした。

給与からの天引きや控除を行うには労働者の自由意思に基づく同意が必要である。その証明責任は会社側にあることから、合理的で客観的な証拠や資料を確保しておくことが必要となる。

給与天引きは社会保険料、税金など法定控除は問題ないが、それ以外の項目を労使協定により控除したとしても、従業員の同意が前提であり、今回のように従業員が異議の申出があれば、労使協定があっても同意がないものと判断される。従って、安易な給料天引きは避けるべきで、個々の労働者の同意を取ることが必要となる。