社労士・兵藤恵昭の独り言

団塊世代の社会保険労務士・兵藤恵昭のブログです。兵藤社会保険労務士事務所・内容は雑多です

従業員合意ある就業規則の不利益変更を無効とした最高裁判例

(事件の概要)

平成28年2月19日最高裁判例山梨県民信用組合事件

従業員の自由な意思が存在しないとして、退職金規程の不利益変更に対する同意が無効と判断された。(被告・山梨県民信用組合、原告・管理職及び職員組合員)

平成15年1月に被告に合併(15年合併)されたC信用組合の従業員であった原告ら12名が、合併により労働契約上の地位を承継した被告に対して、C信用組合の退職金規程(旧規程)に基づく退職金の支払いを求めた事案です。

原告らのうち8名はC信用組合の管理職(管理職原告)、4名はC職員組合員(組合員原告)です。

(平成15年合併と平成15年基準変更)

15年合併にあたり、被告では旧規程に比べて著しく退職金の額が低くなる新規定が採用された。

合併前に行われた職員説明会において、管理職原告を含む20名の管理職員は、常務理事から「これに同意しないと合併を実現することができない。」と告げられ、新規程の同意書に署名押印した。また、C信用組合代表理事とC職員組合の執行委員長が、新規程を認める労働協約を締結しました。

(平成16年合併と平成16年基準変更)

その後、平成16年2月に被告は3つの信用組合と合併しました。

合併に先立ち、原告らを含む被告職員は、

(A)16年合併前の在職期間にかかる退職金については合併前の規程(新規程)に基づき計算する。

(B)16年合併後の在職期間にかかる退職金については合併後に制定される新退職金制度により計算する。

としたうえで、

①(A)の退職金は自己都合退職の係数を用いる。

②(B)の退職金は新退職金制度制定前に自己都合により退職する者には支給しない(16年基準変更)とする報告書に同意の署名した。その後、平成21年4月に新退職金制度が定められた。(21年規程)

(原告らの退職金)

その後、原告らは退職しましたが、(A)(16年合併前の期間)の退職金については、15年基準変更及び16年基準変更①が適用された結果、退職金額は0円とされた。

また、(B)(16年合併後の期間)の退職金については、16年基準変更②が適用された結果、21年規程制定前に退職した者については退職金が支給されなかった。

(争点)

本件の争点は、

⑴管理職原告の15年基準変更への同意の有効性

労働協約により15年基準変更が組合員原告に適用されるか

⑶16年基準変更への同意の有効性です。

(一審判決及び控訴審判決)

一審及び控訴審は、同意の署名があることなどから⑴~⑶いずれも有効とし、原告らの請求を棄却した。

最高裁判決)

争点(1)及び(3)の同意の有効性について

最高裁は、一般論として、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でないとした。

就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容および程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯およびその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供または説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきとした。

そして、15年基準変更および16年基準変更について、原告らの署名等があることをもって直ちに同意を有効とした控訴審の判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法があるとした。

争点(2)の労働契約の効力について

執行委員長の権限に関して、本件職員組合の規約には、同組合を代表しその業務を統括する権限を有する旨が定められているにすぎない。

上記規約をもって執行委員長に本件労働協約を締結する権限を付与するものと解することはできないとして、協約締結権限の付与の有無について審理を尽くすことなく組合員原告に対して15年基準変更の効力が生じているとした原審の判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法があるとした。以上より、最高裁は、控訴審判決を破棄、高裁に差し戻した。

(差戻審・東京高裁判・平成28年11月28日判決)

争点(1)平成15年基準変更同意の有効性について

差戻審は、管理職原告は、本件同意書に署名押印するに当たり、15年基準変更により管理職原告に対する退職金の支給につき生ずる具体的な不利益の内容や程度についての情報提供や説明を受けていなかったとした。

そして、管理職原告それぞれについて、同意しないと合併できないと説明されたなど署名押印の動機を認定したうえ、管理職原告は、15年基準変更に同意するか否かについて自ら検討し判断するために必要十分な情報を与えられていない。

同意書への署名押印は自由な意思に基づいてされたものとはいえない。よって15年基準変更について管理職原告が同意したとは認められないとした。

争点(2)労働協約の効力について

本件職員組合の大会や執行委員会が、執行委員長に対し、本件労働協約を締結する権限を付与した事実は認められないことから、15年基準変更を定めた本件労働協約の効力は組合員原告に及ばないとした。

争点(3)平成15年基準変更同意の有効性について

報告書への署名に当たり、15年基準変更により生じている具体的な不利益の内容や程度について十分な理解が得られているか否かの確認はされていない。

改めて情報提供や説明がされた事実は認められず、さらに原告らは16年基準変更により生ずる具体的な不利益の内容や程度についての情報提供や説明を受けていなかったというべきである。

原告らによる報告書への署名はその自由な意思に基づいてされたものとはいえないから、16年基準変更に対して原告らが同意をしたとは認められないとしました。

以上より、原告らに支払われるべき退職金の金額は、旧規程に基づき支給される退職金の金額であるとした。

(コメント)

今回の判例は、不利益変更の内容、程度が大きく、その同意の自由性にも問題がある事案です。従って一般論としての就業規則による労働者の不利益変更の同意が否定されたものではない。就業規則の不利益変更に対する同意否定の特殊事例と見るべきであろう。