社労士・兵藤恵昭の独り言

団塊世代の特定社会保険労務士・兵藤恵昭のブログ。兵藤社会保険労務士事務所・内容は雑多です

中小企業の労働環境の実態 「おおの事件」が問いかけるもの

本日の47Newsネット事件記事を読んで驚きました。それは栃木県鹿沼市の葬儀会社「おおの」で発生した痛ましい事件です。

2019年8月、一人の51歳の男性社員が、会社から十分な証拠もないまま詐欺事件の共犯と決めつけられ、懲戒解雇され、その後、自ら命を絶ったのです。

遺族が提起した損害賠償訴訟では、裁判所は「全証拠に照らしても詐欺に関与したとうかがわせる事情はない」と明確に認定し、会社に約8,200万円の賠償を命じました。その後、会社は控訴しましたが取り下げ、一審判決が確定しました。

この事件は一企業の問題ではなく、日本の地方中小企業が抱える労務管理上の課題を浮き彫りにしています。

地方中小企業に残る「経営者絶対」の風土

私は社会保険労務士として、多くの中小企業の相談に携わってきました。

もちろん、大半の中小企業は誠実に経営されています。しかし一方で、一部には経営者の権限が極めて強く、社内に異論を唱えにくい企業文化が残っていることも事実です。

地方では雇用の選択肢が都市部ほど多くありません。

そのため、

  • 「辞めたくても辞められない」

  • 「社長には逆らえない」

  • 「地域社会が狭く転職もしづらい」

という心理が働きやすくなります。

このような環境では、労働者が不当な扱いを受けても、声を上げることが極めて難しくなります。

懲戒解雇は会社が自由にできるものではない

今回の事件では、会社は男性を詐欺の共犯と断定し、懲戒解雇しました。

しかし裁判所は、

  • 詐欺への関与を裏付ける証拠はない

  • 書類への署名は内容を十分説明せず取得した

  • 一方的に犯罪者扱いした

などの事実を認定しました。

懲戒解雇は企業が行える最も重い処分です。

だからこそ、

  • 客観的証拠

  • 適正な調査

  • 本人への十分な弁明機会

  • 就業規則に基づく適正な手続

が不可欠です。

「社長がそう判断したから」という理由だけで処分できるものではありません。

長時間労働と心理的圧力の危険性

判決では、男性には月100時間近い時間外労働があったことも認定されました。

昼夜を問わず働き、休息も十分に取れない状態が続き、そのうえ犯罪者扱いされ、職を失いました。

精神的な負担は計り知れません。

労働安全衛生法では、会社には労働者の生命・健康を守る「安全配慮義務」があります。

過重労働だけでなく、

  • 執拗な叱責

  • 人格否定

  • 不当な疑い

  • 不適切な懲戒

も重大な心理的負荷となり得ます。

今回の事件は、その典型例と言えるでしょう。

コンプライアンスは大企業だけのものではない

「地方の一中小企業だから」

これは今回、会社代理人が述べたと報じられている言葉です。

しかし企業規模は、法令遵守の責任を軽くする理由にはなりません。

むしろ地方の中小企業では、

  • 社内監査機能が弱い

  • 社外役員が機能していない

  • 人事・法務担当者がいない

  • 労務管理を社長一人で決めてしまう

という企業も少なくありません。

だからこそ、中小企業ほどコンプライアンス体制の整備が重要になります。

行政の役割も重要

今回の事件から考えさせられるのは、企業任せでは再発防止に限界があるということです。

労働基準監督署や都道府県労働局には、労働基準法や労働安全衛生法に基づく監督権限があります。また、悪質な法令違反に対しては是正勧告や送検などの対応が行われることもあります。

もっとも、本件のような懲戒解雇の適法性や損害賠償責任は、最終的には裁判所で判断される民事上の問題でもあります。

そのため行政による監督だけでは十分ではなく、企業自身が法令遵守の意識を高め、外部専門家の助言を受けながら適正な労務管理体制を構築することが欠かせません。

社会保険労務士として思うこと

私は銀行勤務時代、多くの中小企業経営者と接してきました。

優れた経営者ほど「社員は会社最大の財産」と考えています。

一方で、経営者が絶対的権限を持ち、誰も異論を言えない組織では、不正や人権侵害が起こりやすくなります。

会社を守ることと、社員を守ることは決して対立するものではありません。

法令を守り、人を尊重する企業こそが、結果として地域社会から信頼され、長く発展していくのです。

今回の事件では、一人の誠実な社員が命を失いました。裁判で無実は証明されましたが、失われた命は戻りません。

私たち社会保険労務士は、労働法令の専門家として、単なる手続きの支援にとどまらず、「働く人の尊厳」を守る役割を担っています。

この事件を決して他人事として終わらせることなく、すべての企業が「人を大切にする経営」を改めて見つめ直す契機となることを願っています。