アイドルグループを脱退した男性に対し、芸能事務所が違約金の支払いを求めていた訴訟で大阪地裁は2023年4月21日、違約金は無効との判決を出しました。
判決は労働基準法に違反するとのことです。今回は労働基準法の労働者性と、違約金規定について考えます。
(事件の概要)
アイドルグループ「BREAKTHRUOGH」のメンバーだった新澤さんは2019年1月に芸能事務所と専属メネジメント契約を締結し活動を開始したところ、同年12月に適応障害を発症し、翌2020年8月に脱退した。
同事務所は契約の違約金条項に基づいて、コンサートやイベントの欠席、グループの脱退に関する違約金1,000万円から、未払い報酬分11万円を控除した989万円の支払いを求め提訴した。
一方、新澤さん側は未払い報酬分の11万円の支払いを求め反訴を提起しました。裁判のポイントは労基法が適用される労働者に該当するかが争点となっていた。
(労働者性と業務委託の違い)
近年、働き方も多様化が進み、企業の従業員ではなく独立した事業者として業務委託を行うという例が増加しています。両者の違いは労働関係法令の適用の有無に表れます。
会社の従業員であれば当然に労基法などの「労働法」が適用され、労働時間や割増賃金、残業代等の規制を受けることとなります。これに対し業務委託ではこれらの規定は適用されないこととなります。
「労基法9条」によると、労働者とは「事業または事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」とされます。
(1)労働が他人の指揮監督下において行われるか。
(2)報酬が労務の対価として支払われるかで判断されるとしています。
「指揮監督下と言えるか」については、依頼や業務への諾否の自由、業務遂行上の指揮監督の有無、勤務時間や場所などの拘束性、他の人が代わりに行うことの可否などで判断されます。
「報酬の労務対償性」については、報酬が作業時間ベースで決定されるか、仕事の出来栄えにかかわらず減額や増額がなされないかなどが要素となります。
(労働基準法の違約金規制)
「労基法16条」によりますと、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」とされております。
「会社に損害を生じさせた場合、○○万円の損害賠償を支払うこと」、「途中退職の際には違約金として○○万円支払うこと」といった条項が典型例となります。違反した場合は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金となっています(119条1号)
この規定は労働者の退職の自由を保障し、また会社の管理下で生じた損害を労働者に全面的に負わせることを禁止したものです。
従って、予め賠償額を定めることが禁止されるだけで、適切な範囲での労働者への賠償請求が禁止されるものではありません。
(今回の大阪地裁判決のポイント)
大阪地裁は、男性アイドルは事務所の指揮監督の下、時間的場所的拘束を受けつつ乗務内容について許諾の自由のないまま、定められた業務を提供しており、その労務に対する対償として給与の支払いを受け、事業者性も弱く、事務所への専従性の程度も強いとして、労働者性を認めました。
それにより違約金条項も労基法16条に違反し無効としました。芸能人の「労働者性」が認められる例は多くなく、その意味で画期的な判決です。
(今後の対応策)
労働法が適用される労働者に該当するかは、契約の形式ではなく「指揮監督関係」と「報酬対償性」などで判断されます。
タレントなどの場合は人気や芸術性、それによる力関係など一般よりもその判断が難しく判決の予測も難しいものと考えます。
近年、中小企業でも社会保険料節約で委託契約方式の人員確保が増加しています。企業において業務委託として扱っている場合は、本当に業務委託と言えるのか?労働者となる場合はどのように扱いを変えるべきなのか?見直しておくことが重要と言えます。