社労士・兵藤恵昭の独り言

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貞観政要・最高のリーダー論

「座右の書・貞観政要・中国古典に学ぶ世界最高のリーダー論」出口治明著・角川新書2019年12月発行
 
著者は1948年生まれ、日本生命出身でライフネット生命創業者、立命館アジア太平洋大学学長、読書家として有名。
 
貞観政要」は、唐の第二代皇帝・太宗・李世民の言行録である。
隋皇帝・煬帝の失政、大運河建設工事と高句麗遠征による民衆酷使と重税が原因で、煬帝は部下に殺され、隋は滅びた。
 
隋に変わって中国を統一したのが、唐の初代皇帝・李淵李世民親子である。
隋以前の北魏から唐まで続く帝国は、北の遊牧民系の国家である。異民族の中国統一ゆえに統治は重要であった。
 
初代・李淵は三人の息子がいた。長男・李建成、次男・李世民・四男・李元吉(三男は早世)李世民は能力優秀で、疎まれ、他の兄弟と後継者争いとなる。
李世民は自己の暗殺計画を知り、逆に長男、四男を暗殺した。暗殺事件は父・李淵の優柔不断な性格が招いた結果と言う。
 
李世民には重要な側近が居た。房玄齢、杜如晦、魏徴の3人。前者2人は父の代からの側近。魏徴は殺された李建成の側近。
魏徴は、李建成に優秀な李世民を早く暗殺するように進言していた。李建成が迷っているうちに殺される。魏徴も犯罪者として李世民に呼ばれ、尋問された。
「私を殺せと言ったのはお前か?」「そうです。貴方のお兄さんがもっと賢く、もっと早く貴方を殺して居れば、私は犯罪者にならなかった」と答えた。李世民は返答を聞き、魏徴を側近にする。
 
李世民は言う。「以降、片時も離れず、私の悪口を言い続けて欲しい」と、諫議大夫(諫言を言う側近)に抜擢した。
「人生意気に感ず、功名、誰かまた論ぜず」(人生は心意気、功績、名誉ではない)と思いを残し、魏徴は李世民に忠誠を尽くす。
 
李世民の処分は兄弟二人だけ。兄弟の側近は一切処分しなかった。宗家後継争いに限定し、二人の責任に抑え込んだ。
大事は小事から起こる。一人ですべてをカバーできない。部下に徹底的に任せる。なぜそうするかをきっちりと説く。
信のない言葉では人は動かない。その人の誠実さ、言葉の信念を、部下は簡単に見抜く。この原則を李世民は理解していたのだろう。
 
貞観政要は魏徴との問答に多くを割いている。最も信頼された側近である。
名君の条件は二つ。権限を部下に与えたら、権限は部下のもの、信頼してすべて任せる。もう一つ、諫言、苦言、忠告を受け入れる。
 
ここまでできれば、間違いなく名君。普通の人間には難しい。統治の難しさから言えば、それだけの徳と信が無くば、リーダーは務まらないことを意味する。
 
兄弟を殺すのが名君か?の疑問もある。フランス人類学者エマニエル・トッドは言う。
日本、韓国は、親子関係権威主義同居家族、兄弟関係不平等の長男主義の「直系家族類型」長男を尊重する。
中国、ロシアは、同じ親子関係権威主義も、兄弟関係平等の「外婚制共同体家族類型」兄弟対等である。地域の価値観の違いだろう。